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染色作家・山中彩さん「暮らしの中で、心がふわっと楽しくなるものをつくりたい」

生活を彩る色やデザインに惹かれて

ーまず、山中さんがものづくりを志したきっかけを教えていただけますか?

幼少期に2年間ヘルシンキに住んでいたんですが、当時暮らしていた家の家具やテキスタイルがきっかけの1つです。

北欧の冬は厳しく心も暗くなりがちですが、家具のデザインや華やかなテキスタイルが生活を彩っていて、「こういうものがあるだけで、暮らしが豊かになるんだな」と、子どもながらに感じていました。

また、両親がものづくりをしていた影響もあります。工芸作家の父、画家の母、そして両親の友人たちが話す内容を聞いているうちに、「ものづくりって面白そう」と思うようになりましたね。

ーものづくりの中でも、染色の道に進もうと思ったのはいつ頃なんですか?

高校生の時に、将来について考える中で「自分も手でものをつくる人になりたい」と思い、美術系の大学の工芸科へ進学を決めました。

大学では一年目に様々な工芸に触れましたが、とくに自分にしっくりきたのが染色で。もともと、色や模様を使って表現することが好きだったんです。

進学前にも漠然と「自分はテキスタイルかな」というイメージはあったんですが、それを大学でいろいろとやってみたうえで、やっぱり、と再確認しました。

ー大学は金沢ですが、修士課程は台湾に行かれたんですよね。台湾を選んだ理由は何だったのでしょうか?

金沢の大学では伝統的な染色技法を中心に、役立つことをたくさん教えていただきました。でも、厳格な伝統を学ぶ中で、もっと自由にものづくりができる場所、誰も自分のことを知らない場所に行きたいという気持ちが強くなってきて。

そんな中、たまたま行く機会のあった台湾で、とても刺激を受けたんです。熱帯ならではの植物や街並みの鮮やかな色彩もそうなんですが、若者たちがパワフルで。占領地であったという時代背景がある中で、「これから自分たちで国をつくっていくんだ」というエネルギーに溢れていました。

「ここでものづくりをしたら、自分の制作や作品はどう変わっていくんだろう?」と、ワクワクしました。その気持ちを大切にしたくて、台湾で修士課程に進学することにしたんです。

ー当時の山中さんにぴったりな出合いが、台湾にあったんですね。

本当にそう思います。また台湾では、ものづくりを通してコミュニケーションができたり、人間関係が築けたりすることへの喜びも感じました。

お互い言葉や育ってきた環境は違っても、ものづくりや作品を通して、何となくじわっと通じ合うものがあったりして。こういうのって、つくり続けていく中での醍醐味だなと、本当に思いますね。

染色の魅力は「柔らかさ」と「奥行き」

ースピニングパーティー2024のテーマは「染める」ですが、山中さんにとって「染める」ことの面白さはどんなところでしょうか?

まず、毎回新しい発見があるという点ですね。同じ染料、同じ配合で染めても、その布や繊維によって滲み方や発色が全然違うんです。

あとは、やっぱり形を変えられるということ。例えば絵画だと、基本的には二次元での表現になると思うんですが…布は柔らかいので、ふわっと動くように掛けたり、中に綿を入れて膨らみを出したり、あるいは裏打ちして平面にもできます。

そういった可変性があることは、すごく大きな特色であり、一番の魅力だと感じています。

ーたしかに、キャンバスに描く絵画とは大きな違いがありますね。

色の出方も違うんですよ。色材には大きく分けて顔料と染料の2種類がありますが、油絵具やアクリルガッシュなどの顔料は、キャンバスの前の方に突出してくるような、物質的な強さを感じます。

一方で染料は、繊維の奥に色を染み込ませて、じわじわと奥行きを出していくような表現になります。

私の場合は、染料だけでなく顔料的な色材も掛け合わせることで、一枚の布の中で多層的なレイヤー感を生み出していきます。そこが、私の制作におけるこだわりであり、他ではできない染色ならではの表現かなと思っています。

制作の様子。染色だからこそできる、多層的な表現が美しい。
山中さんの使用している染料や道具たち。これらを用いて、絵を描くように布に図案や色彩を生み出していく。

ーでは、染色をする中で難しいと感じるところはありますか?

現実的な話になってしまうのですが…生活をしながら表現活動をしていくことの難しさは、日々感じていますね。

作品だけをつくり続けて生活できるのが一番理想的なんですが、なかなかそうもいかなくて。私の場合は、一点物の作品のほかにプロダクトもつくっているんですが、この2つの方向性をバランスよく持っていることが大事だと考えています。

プロダクト制作に偏ってしまうと、用途性や価格帯を突き詰めるうちに、どんどん現実的な頭になってしまうというか…

でも、私がものづくりを志したのって、見た人がふわっと楽しい気持ちになったり、ものづくりを面白いと感じてほしいという思いからなので。作品制作を通じて、そういった表現活動をこれからも続けていきたいですね。

ープロダクトと作品、制作時に考えることってきっと違いますよね。

基本的な考えや技法は同じなんですが…プロダクトをつくる時には「作品の要素を、生活の中で楽しめる形にいかに落とし込むか」というように考えています。

この考え方が一番しっくりきますし、自分の中で負担なくできるんじゃないかと、改めて思っているところです。

山中さんのプロダクトの一部。左:合成染料で引き染めを施したシルクオーガンジーのスカーフ 右:引き染めの柿渋布を縫製して制作したロングベスト
台湾・台南を拠点に活動するアートディレクターを迎え、プロダクト(衣服)を中心に作品を撮影。台南の、山中さんご自身にゆかりのある土地にて。

新たな視点や癒しをもたらす”半透明の景色”

ー今回スピニングパーティーで展示される作品は、どのようなものでしょうか?

「Translucent Scape」というシリーズの作品です。半透明の布を染めたもので、透過して見える背景も作品の一部というコンセプトになっています。

この作品を通して景色を見ることで、日常の風景がいつもと違って見えたり、新しい視点が得られたり、新鮮な喜びや癒しがあったり…そういった”心への作用”のようなものが生まれると嬉しいです。

ーふわっとなびく作品のお写真を拝見したのですが、びっくりするほど素敵でした。心がパッと明るくなる作品ですね!

ありがとうございます。空間を華やかに彩るということに一役買ってくれるものなので、今回もそういった良さを発揮してくれたらいいなと思っています。

山中さんの「Translucent scape」シリーズの一作品。暮らしの中に、心地よく新鮮な彩りを演出する。

ものづくりの面白さを次世代へ

ー最後に、山中さんの今後やってみたいこと、目標などを教えていただけますか?

美術館で展覧会をすることにはとても憧れるところがあって。実現できたら、すごく嬉しいですね。

あとは…自分が歳を重ねたときに、世の中はどうなっているんだろう?とたまに想像するんです。染色業界って、職人さんも染料をつくっている方も高齢化していて、廃業するところも多く、今が過渡期だと思うんです。

現代は人工知能も発展していて、それを否定するわけではないですが、全てをデジタルで処理できるようになると、やっぱり味気ないんじゃないかと。

手でつくることの面白さとか、手を動かしていく中での新しい発見や喜び…私が触れてきたようなものづくりの在り方を、次の世代に伝えていけたらいいんじゃないかなと思っています。

そのためには、新しい世代の子たちが見た時に、「こういう生き方いいな」「この作品いいな」と思ってもらえるような生き方やものづくりをしていきたいという抱負がありますね。

私、梅干しがすごく好きで。好きな食べ物の上位3つに入るくらい大好きなんです!なので、梅練りや干し梅なんかを食べて、集中力を高めることはありますね。

あと、淡々とやっていく作業の時には、ラジオをよく聴いています。星野源さんや佐久間宣行さんのオールナイトニッポン、あとは中国語関係のポッドキャストなど…ラジオも大事な制作のオトモです。

(◇取材・文:宇野 桜  ◇イラスト・デザイン・編集:駒込〈スピパジャーナル編集部〉)


〈山中 彩さん プロフィール〉 

1992年 京都府生まれ
2014年   金沢美術工芸大学工芸科 入学
2015年   韓国弘益⼤学校短期留学
2017年   金沢美術工芸大学工芸科染織専攻 卒業
2022年 国立台南芸術大学 応用芸術学科繊維専攻 修了
2024年 京都市立芸術大学 産業工芸・意匠領域博士(後期)課程 在籍

受賞歴
2023年 京都学生デザインコンペ「THE COMPEきものと帯」入選
2016年 次世代工芸展 TAGBOAT GALLERY賞
2021年 第二回全国大学選抜染色作品展 最優秀作品賞

インスタグラム
@aya__yamanaka