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時代を超える工場見学。糸をつくる人として、富岡製糸場を歩く

明治時代、日本の糸づくりの起点となった場所が群馬県富岡市にあります。
世界遺産・富岡製糸場

繰糸の現場を思わせる工場内部。
ここで生糸が引かれていた時間の長さを、空間が語っている。

「一度は見ておきたい場所」というより、糸に関わる者として、その始まりの質感を確かめに行く場所。そんな気持ちで、今回足を運びました。

2014年に世界遺産に登録されたこの場所は、観光地というより、今も“生糸が生まれていた空気”が残る工場跡です。
建物も、配置も、スケールも、すべてが「繭から糸を引く」ために整えられていたことが、歩くほどに伝わってきます。

官営工場から始まった、日本の生糸づくり

富岡製糸場は1872年、官営模範製糸工場としてスタートしました。
西洋の技術を取り入れながら、均質で美しい生糸を安定してつくること
そのための“実験場”であり、“教育の場”でもあった場所です。

全国から集められた工女たちは、ここで繰糸の技術を学び、その技術とともに各地へ戻っていきました。
蚕から生糸へ、そして世界へ——その流れの起点に、この場所があったことを実感します。

敷地に立った瞬間、感じるスケールと湿度

レンガの建物が連なる正面。
ここから糸づくりの空間が始まる。

正面入口から敷地に入ると、まず建物の大きさに圧倒されます。
1.5〜2時間ほどの見学時間は、スピナーならあっという間。

音声ガイドもありますが、印象に残ったのは、建物の中に流れる空気のやわらかさでした。
天井の高さ、窓の位置、風の抜け方。
繭や生糸を扱うための環境づくりが、建築そのものに表れています。

東置繭所

繭を蓄えるためにつくられた長い建物。
糸になる前の時間が、ここに積み重なっていたと思う。

繭を守るための空間、最初に足を止めたのが東置繭所。
全長100メートルを超えるこの建物は、かつて大量の繭を保管していた場所です。

 中に入ると、太い柱と梁が続き、直射日光を避け、湿度と温度を安定させる工夫が随所に見られます。

施設内の展示空間。
当時の仕事の気配を、目と耳でたどる。

現在は展示スペースとして使われていますが、ここに、糸になる前の「白い時間」が積み重なっていたと思うと、自然と歩く速度がゆっくりになります。

繰糸所

繰糸の現場。
奥行きのある空間に機械が等間隔で並ぶ。

生糸が生まれていた現場
やはり、一番足が止まったのは繰糸所でした。

長い建物の中にずらりと並ぶ繰糸機。
大きな窓から入る自然光は、生糸の状態を見極めるための光だったのだろうと思います。

ここで一日中、繭が煮られ、糸が引かれ続けていたこと。
機械の音、湯気、湿った空気。
展示を見ながら、生糸が生まれる瞬間の緊張感を想像せずにはいられませんでした。

シルクの原点に、立ち返る場所

敷地全体を見渡す。
ここから始まったシルクの流れが、いまの手元につながっている。

富岡製糸場は、過去の遺産であると同時に、いま私たちが触れているシルクの原点でもあります。

手法やスケールは違っても、「良い糸を引くために、環境を整える」という考え方は、今も変わりません。
少し距離はありますが、糸・織り・染めに関わる人にとって、ここは“歴史を学ぶ場所”というより、感覚を取り戻す場所

今年、あらためてシルクに向き合う前に、その始まりに立ち返る時間として、強く心に残る訪問でした。

(◇取材・文:オオクボ ◇デザイン・編集:スピパジャーナル編集部)