【清野工房】清野詳子先生 つくることの楽しさを、家族や仲間と共に。オリジナルの織り道具とあたたかな作品が生まれる羊毛染織工房
2024年11月16日公開
1956年創業の「清野工房」は、羊毛を染めて糸を紡ぎ、ストールや服地などを手織りしているホームスパン工房。現在は織り教室も開催しており、織り作業中に考案された作り手に寄り添う織り道具の監修・販売もされています。約70年続く工房を今も柔らかに受け継いでいる清野詳子先生に、お話を伺いました。
父から受け継いだ大切な工房。家族の記憶と日々の暮らしを紡ぐホームスパン
ー工房を受け継いだきっかけなどはありますか?
清野工房は、ほとんど独学でホームスパンを始めた父が、母と結婚後に創業した制作工房です。当時の工房には1年に5人程の通いのお弟子さんがいたので、物心ついた頃からお弟子さんたちと一緒に生活していた感覚でした。
小学生高学年位になると「将来織りはしないの?」と聞かれたりしましたので、頭のどこかで「織り」ということを意識していたかもしれません。高校3年で進路を考えた際に“織りをやる”と心決め、短大卒業後に父のもとに弟子入りしました。
ホームスパンの仕事は小さな頃から見ていたので「糸を紡ぐことや織りへの憧れ」という感覚の入口ではなく「羊毛は織りの材料」「家業を継ぐ=織り」というさっぱりとしたものでしたが、結果的に今までずっと続けてこれたのは自分の性にあっていたのだなと思います。
1年を通して暑い季節も羊毛を触って扱っていくことに全く苦はないし、羊毛の作業をして1日が終わることで安心感が生まれます。
紡ぐことは、私にとって織る為の一部分ではあるけど、息抜きの時間になっているので糸を紡ぐことが趣味、ということなのかもしれない…と感じます。
教室の方達も紡ぐ行程が一番好きという方多いです。
ー紡ぐことが生活の一部のようになっていらっしゃったんですね。
オリジナルの道具を監修、販売するようになったきっかけはなんですか?
工房オリジナルの織り道具は、もともと父が作品づくりのために自作していたものです。織り作業中の思いつきが形になった道具たちとも言えます。工房にある木材を使って作っていました。欲しいという生徒さんに作っていましたが、外部への販売はしていませんでした。
東京スピニングパーティーへ出店を始めた頃は織り作品中心に出品していましたが、来場者は作り手の方が多く、素材や道具を探しにいらしてるとわかり、父清野新之助が作ったオリジナルの杼(シャトル)を出品することにしてみました。父が作っていた頃は手持ちの材で作るのでサイズもバラバラだったのでお客様は一つ一つ手にとってどれを選ぼうかと吟味されて今ました。
その後、織機や織りの道具の製作をされているきつつき工房さんを紹介していただき、工房の織り道具作りをお願いできることになりました。父の使っていた杼の中で一番良いと思える杼を元にして、何度もやりとりし試作もしていただき各道具のサイズを決めていきました。
ー実際に作品づくりをする中で生まれた道具なんですね。
オリジナルの道具には、どのような特徴があるんですか?
杼(シャトル)や伸子(シンシ)の特徴としては、なるべく軽くなるよう木材を選び軽量化して華奢な形にしているところです。
織りの道具としては、重みというのも大事な要素なのですが、清野工房の道具は「細い・薄い・軽い」という点が個性かと思っています。
手に持って華奢さに不安を感じられる方もいらっしゃるのですが、使ってみると買い足してくださる方も増えてきたように思います。
ー実際に触って良さや違いを体験したくなりますね。
イベント会場ではオリジナルの道具も展示されていたんですか?
2024年のスピパでは工房オリジナルの大機(織音「オリオン」)を展示しました。工房大機「織音」は最終的にホームスパンの服地が織れる大機と設定して企画しました。
ウールの織りは機の間丁(奥行き)も長くは必要ないので大機の割にはコンパクトになっていると思います。
当日は使い勝手を体験していただこうと経糸を張って準備したので、織りの道具を試しに織ってみたり、初めて憧れの織りが体験できたと喜んでいただいたりして、大機を展示して良かったと思いました。
羊毛を紡ぐことから、染め、織りまで。知れば知るほど“沼”な手仕事の世界
ー教室もされているとのことですが、どのようなことを教えてらっしゃいますか?
清野工房の特徴は、「紡いだ糸で織る」いわゆるホームスパンと言われる織りを中心にしています。
毛刈りした汚れ、脂まみれの羊毛(フリース)を洗い、染めたい時は染め、ほぐして毛を整える作業をしてから糸に紡ぎます。糸が出来たら織り、織り上がると最後に羊毛らしい風合いにする為に縮絨という大事な仕上げの行程があります。
製作の流れはそういう感じですが、日々教室でしていることは、皆さんそれぞれが織りたいもの向かって試行錯誤してますから、羊種、経糸密度、諸々をどう選択していったらいいか一緒に考える…という日々です。お互い床にペタッと座って頭付き合わせて考えます。
染めは毛の状態で染めることが多く、染めた毛を絵の具を混ぜるように混色して色を作っていきます。例えば、紫色にしたい場合、紫色に染めるという時と赤系と青系に染めた毛を混ぜて紫色にして糸に紡ぐという違う表現の仕方がありますし、糸の中にアクセントとして別色の毛を入れる…など、自由に色糸を作ります。
ー糸からもデザインされているんですね。
紡いでおいた糸で何を織ろうか、という時と、イメージした物を織る為に糸作りを考えるという時があります。
自分で紡いだ糸でマフラーを織りたいという方が、スポットで教室にいらっしゃることがあるのですが、紡いだ糸を並べて、作業の進め方などをお話ししていくと、形にしていく為の工程の深さを初めて知ったというご様子です。
作りたいものを作るにはまだまだ先にすることがあると気づき抜けられなくなっていく…という方はそこに興味を持ち、楽しみの気配を感じてくださったということかと思い、嬉しいです。
ーまさしく沼にはまる感じという感じでしょうか?
そうですね。知れば知るほど、考えることが多いことに気づくというか。イメージあるものを作るにはどんな羊種を選べばいいのか、糸の太さは?とか、紡いだ糸に対してどのくらいの密度で織ったら良いかということを考え判断する必要があるのですが、その部分の判断の根拠を学びたいという方が教室にいらっしゃってると思います。
経糸と緯糸が交差して布になるというシンプルな作業ですが、糸作りから始まると、試してみたいことが限りなくあるので、20年30年と通われている方も「まだしていない事が沢山ある」とおっしゃってます。
ー本当に奥深い世界なんですね。先生が今はまっている沼はありますか?
今年は春から半年程昼夜織りにはまってました。紡いだ糸が少しずつ残ったり、紡いだのに使いそびれてしまった糸っていうのが結構たまってしまうものなので、そういう糸を並べて眺めて昼夜織りにしようと織り始まったら沼にハマりました。
今回は気の済むまで続けてみたら半年昼夜織りしてました。
服地づくりに、羊を知ってもらうための活動。自身の新たな挑戦を、ホームスパンや織りの普及へつなげたい
ー今後、やっていきたい活動などはありますか?
私自身の作品づくりとしては、服地を中心に織っていこうと思っています。教室の生徒さんの多くは服地を織ることを目標にしています。「服地を織ることは続けて」と言っていただくこともあって励みになり、思いも強くなります。今はホームスパンの服地が売れる時代ではないので、織った生地が溜まっていく一方かもしれませんがそれにめげずに清野工房の仕事として形に残していこうと思っています。それと同時にホームスパンの生地に興味のある方の目に止まるような働きかけもしないといけないと思っています。苦手なところですが。
それから、まだまだ漠然と妄想している段階ですがイメージとしては、羊毛をクリッと捻って撚りをかけると毛糸になるというシンプルなことを気づかなかった人達に知ってもらうような行動をしてみたいと思ってます。本当はこういうことも苦手なのですが、何故か妄想しています。
それと、羊毛を紡いだり織ったりしている方に向けては、羊種によって織り布の風合いの違いを感じられるような作品展示をしてみたいと思ってます。
色々な羊種の特徴が出るような作り方で作品作り。それは、いくつも作りながら経験値で会得するものですが、それを触ってもらって見てもらって、なるほど…とか、得したと思っていただけるような発表の仕方ってどうだろう、なんて漠然と考えているところです。
手仕事の“オトモ”
時々美味しいものを食べに行くのも楽しみの一つです。たまには羊繋がりの友人達と羊肉を食べに行ったり。自分から積極的に誘うことはないのですが誘われたらウキウキ。
1日の作業終わりに教室の人達とのお茶時間も楽しいひとときです。終わりにお茶一服、が話が尽きず楽しいおしゃべりタイムになってしまうこともしばしば…です。
(◇取材・文:せとゆきえ ◇イラスト・デザイン・編集:駒込〈スピパジャーナル編集部〉)
〈清野詳子先生 プロフィール〉
女子美短大造形科を卒業後、清野工房に入り清野新之助に師事する。 その後工房展、個展を開催しつつ現在に至り、清野工房教室で指導にあたっている。
清野工房
・HP
http://seinokoubou.net/
・インスタグラム
@gonbennihitsuzi