

【HIKARU NOGUCHI TEXTILE DESIGN】野口光 先生
“繕い”の枠を超えて── 暮らしに彩りをそえる 野口式ダーニング
2025年9月25日公開
衣類のほつれや穴を“繕う”だけでなく、糸の色や素材を自由に選び、楽しみながら自分らしいアイテムへ仕上げる「ダーニング」。
最近では、修繕の枠を超えた“見せる繕い”として注目を集めています。
そんなダーニングを独自の感性で発展させた野口光先生に、ダーニングとの出逢いとその楽しみ方を教えていただきました。
繕う=隠すこと・恥ずかしいことではないという観点の変化
ーダーニングに惹かれたきっかけを教えていただけますか?
武蔵野美術大学を卒業後、20代前半でイギリスに留学してニットデザインを学び、テキスタイルデザイナーとして活動をしていました。
デザイナーは常に新しいデザインを提供していくので、デザインの切り替えの際にどうしても使いきれなかった残糸がでてしまうんです。残糸を活用して商品にできればよいのですが、売れるとも限らない在庫を持つことも危険ですし、どうにもできないジレンマがありました。それまで価値があった糸が、瞬時に廃棄物になってしまうことが腑に落ちなくて。すごくもやもやしていた頃に出逢ったのが『ダーニング』でした。

私のイギリスのデザイナー仲間で現在はテキスタイル研究者のレイチェル マフューさんが、以前毛糸屋さんを営んでいたのですが、そこで木で作られたキノコ型の道具(ダーニングマッシュルーム)を初めて見たんです。その時はダーニングという言葉も知らなかったし、この道具のことも知リませんでした。「手編みで疲れた人がツボ押しにでも使うのかな?」と思っていたところ、彼女がダーニング(=手繕い)に使う道具だと教えてくれました。
実際に彼女が長年お店のDIY用に愛用していた作業着のセーターには、たくさんのダーニングが施されていました。そのセーターから彼女が自分のお店に力を注いできた年月を感じて。まるで彼女の人生を映しているようでした。色とりどりの毛糸で繕っていたので、「全然隠そうとしないのね。」と伝えたら、「え?なんで繕いを隠さなきゃいけないの?全然隠す必要がないじゃない。」と言われたんです。

その時に初めて、繕いは新品同様にしたり隠したりする必要がない、恥ずかしい行為ではないんだ。その人となりを映し出す素晴らしい行為なんだということに気付かされました。「全然恥ずかしいことじゃなくて面白いじゃない。」と感じて、始めたんですよね。
当時、仕事として行っていたデザイナー活動に対してのジレンマを抱えていましたが、愛用しているものを繕って大切に使うという行為で心が癒されて。それから精神的なバランスをとることもできるようになりました。

試行錯誤から生まれた、野口式ダーニングの手法
ー紹介されている様々なダーニング手法は、野口先生が考案されたのですか?
ほとんどがそうですね。友人から教えてもらったのは、バスケットダーニング※という手法だけでした。
自分自身で試していく中で、伸びる生地にはバスケットダーニングでは扱いづらいと感じました。例えば、靴下に施すとその縁から破れてきてしまうんです。そこで、刺繍のブランケットステッチを応用したハニカムステッチを考案しました。このステッチの場合、全体が伸びて伸縮性があるので履き心地が良く、長持ちするんです。
「何をどう直したいか」を考えることが様々な手法を発見するきっかけになっています。今は教室に参加される方の様々なお直し品を見させていただくことが自分の経験にもつながっているので、とてもありがたいです。
※ バスケットダーニング…たて糸を作って横糸を入れて仕上げる主に四角形の繕い手法

「きっちりきれいにしなければならない」ではなく「自由に気軽に楽しむ」ことを伝えたい
ー現在のダーニングを広める活動につながった出来事はありますか?
ワークショップでバスケットダーニングを教えていた際に、参加された方が「四角でなければだめなのに、きれいな形に仕上げられない」という理由で「ダーニングは難しいからつまらない」というご意見をいただくことがとても多くて。
見本と同じ四角い形でないとだめとか、こだわる必要は全くないんです。人それぞれ自由でいいのに。改めて、手芸に関して「きっちりきれいにできてなければいけない」という刷り込みを持たれている方が多いと実感しました。

ダーニングはこんなにも楽しいものなのに「きっちりできない」という理由で楽しさを感じてもらえないことがすごく悲しかったですね。「手芸をやってみたいけど自分にはできない。」と思っている人の多くは、この刷り込みがあるからだと思いました。最初のハードルを下げるために、家庭科の授業で習う縫い方だけで繕える手法だけの本も作りました。ダーニングの面白さを通じて手芸に対する刷り込みをゆるめられたら、刺繍や編み物などへの興味も広がり、もっと気軽に楽しめるようになるんじゃないかと思います。
手繕いも、ボタン付けのように気軽にできたなら
ー今後、どのような活動をしていきたいですか?
私の大きな目標は、学校の家庭科の教科書にダーニングを掲載することです。日本でこれだけダーニングが広がった要因の一つは、家庭科教育があったからだと思います。誰もが義務教育の5・6年生で家庭科をやっていますよね。あのかすかに残っている記憶や経験というのは非常に大切で、貴重なんですよね。イギリスでは、家庭科の授業を行っている学校がほとんどなく、針に糸を通した経験がない方もいるくらいなんです。
家庭科の教科書にダーニングが半ページでも載っていて「あ、自分で直せるんだ」とインプットしてもらえれば、必要になったときにスッとできるようになりますよね。みんなが普通にこの手法を知っていて、普通にできるようになっていたら便利じゃないでしょうか、という提案をしたいです。ふと思い出したら触ったことがあるなと言う感覚が、みんなに身についていたらいいな、と思います。
また「ダーニングを教えたい」という方も増えてきています。今後は教えるためのコツや声がけの仕方の指導など、指導者を増やすための指導をしていきたいと思っています。

ー野口先生にとって東京スピニングパーティーはどんな場所ですか?
東京スピニングパーティーに出展されている方々たちの専門分野の知識の濃さや深さ、こだわり、プロ意識が素晴らしいです。今まで知り得なかった様々な分野のプロフェッショナルと出逢える場だなと思います。参加されている方々のお話を聞くととても刺激になります。その中に私も出していただけることがとても嬉しいです。

手仕事の“オトモ”
日常をちょっとだけ丁寧に
今はとにかく仕事が忙しいので、最低限やらないといけない家事をちょっとだけ丁寧にすることで気持ちを整えています。ご飯づくりで少し凝ったものを作るとか、季節に合わせて庭の整備をするとか。最近は、ローストチキンを作りましたよ。
(◇取材・文:せとゆきえ ◇デザイン・編集:スピパジャーナル編集部)
〈野口光 先生 プロフィール〉

武蔵野美術大学卒業後、イギリスへ留学。ニットデザインブランド「hikaru noguchi」を立ち上げる。ダーニングと出逢い、自らのアレンジを加えた様々な手法を考案。日本にダーニングを広めた第一人者として社団法人日本ダーニング協会を主宰し、教室での指導や自身の書籍を通じてダーニングの魅力を発信している。
・hikaru noguchi darning
https://darning.net/
・インスタグラム
@hikaru_noguchi_design