

【KEETO】杉山久実さん 杉の間伐材からできる“木糸”にやどる可能性
2025年6月10日公開
「ゼロ・ウェイスト宣言」を掲げ、町をあげて無駄やごみの削減に取り組む環境先進地・徳島県上勝町。面積の約90%は山林で、そのほとんどが杉の人工林と言われています。
今回ご紹介する「KEETO(キート)」は、そんな上勝町で生まれた国産天然繊維ブランド。山の環境を整えるために間伐された杉の木から糸を作っています。
ブランドの創設者である杉山久実さんに、今の事業を始めた経緯やプロダクトの魅力について伺いました。
上勝町発。山の課題を解決するブランドの誕生
—まず、現在の活動拠点である上勝町に移住したきっかけは何だったのでしょうか?
上勝町に移る前は、徳島市内でフランス菓子店を営んでいました。主人がパティシエで、私がお店を切り盛りしていたんです。
そんな中ご縁があり、主人は上勝町のカフェで、私は上勝町の「(株)いろどり」という”つまもの”を生産する会社で働くことになりました。当時は徳島市の自宅と上勝町を行き来する生活をしていました。



—KEETOよりも前に、ファブリックブランド「KINOF(キノフ)」を設立されているんですよね
(株)いろどりで、杉を使った糸で布製品を作る会社の方との出会いがあったんです。上勝町には間伐が必要な杉がたくさんあるので、とてもいい取り組みだと思ったんですが、当時パートタイムで働いていた私が事業化に向けて動くのは難しくて。
その後、地域おこし協力隊という立場になり、2018年に(株)いろどりの新事業としてKINOFをスタートさせました。杉からできた”木の布”なので、キノフです。
KINOFはローカルファブリックを謳っていて、使用している杉は全て上勝町のものです。その杉を使った布地で、主にタオルやスポンジといった日用品を作っています。
昔は衣食住を地元のものでまかなっていましたが、今では特に”衣”の地産地消が少ないですよね。そんな中「地域のものを使って生活する」ということをテーマに、行き場のない杉の間伐材を使ったファブリックを作ろう、と立ち上がったブランドです。
—その後、糸のブランド「KEETO」を立ち上げられたんですね
KINOFの商品を販売する中で、「糸も見せてもらえますか?」というお声を多くいただいたんです。もともと、糸に特徴がある商品ということもありますしね。
それに、糸という単位にした方が、どう使うかという可能性が布よりもさらに広がります。
そこで糸も販売しようと、2020年に合同会社すぎとやまを、2021年に国産天然繊維ブランドKEETOを立ち上げました。
現在はオンラインショップや各地の展示会で、杉のナチュラルな色合いの木糸や、地元の素材で染めた草木染の木糸をはじめ、木糸で作った靴下、バッグやコースターが作れる編み図付きのキットなどを販売しています。
木の糸で何ができるのか、いままさにその可能性を探っているところです。


杉ならではの魅力と、糸という素材に込める想い
ー改めて、杉から糸を作る工程を教えてください
まず、杉の木を小さなチップ状にして、そこから繊維の主成分であるセルロースを抽出します。それを均一に伸ばして紙の状態にしてから細長く裁断し、撚ることで糸になります。
セルロースはどんな杉からでも抽出できるので、これまで家具材や建材へ活用が難しかったような個性のある杉材(コブや歪みのあるもの)も、無駄にせず使えるんですよ。

ーKEETOやKINOFの製品には、どのような特徴があるのでしょうか?
杉でできた糸や布には、天然の抗菌作用があります。同時に乾きやすさもあるので、ボディタオルはお風呂で2年くらい使っているんですが、カビが生えないんですよ。ジメジメしている時でも、臭くなることがほとんどないです。
はじめは少し固めの質感ですが、使うほど洗うほどに柔らかくなっていきます。ハンカチやタオル、靴下などは、肌ざわりが気持ちいいですよ。


原材料は、KINOFは上勝町の杉を、KEETOも日本国内の杉のみを使っています。しかも、山で不要とされているものや、コブや歪みなどの個性があり家具材や建材には使用できない部分を積極的に活用しています。
KEETOというブランドには、“糸”という素材を届けることで、受け取った方自身が“ものづくりをする力”を持っていることに気づいてもらいたい、という思いがあります。
やっぱり、自分で作ったものって特別ですよね。お店で買ったものとは違って、自然と愛着が湧いてくるし、手を動かす楽しさも味わえます。
糸から何かを生み出すという体験は、きっと人生のどこかで、自分自身を支えてくれる力になると信じています。
ー実は私、東京スピニングパーティーのワークショップで木糸のピアスを作らせていただいたんです。自分でものを作る喜び、もっと広められたらいいですよね。
そうですね。スピパでもクラフトポップ原宿でもワークショップを開催して、たくさんの人にKEETOに触れてもらいました。
ただそういった場所って、ものづくりをやったことがある人がほとんどなんですよね。自分で何かを作った経験がない人にどうやって届けるかということは、考えていきたいところです。


ーちなみに、杉山さんにとってスピパはどのような場でしょうか?
2022年から出店しているんですが、賑わいのある異国のマーケットのような印象です。すっきりとした展示でまとめるのではなく、素材・作品で勝負しています!というあの感じ。他の展示会にはなかなかない特徴だと思います。
あとはそれぞれの出店者が競い合うというよりも、お互いをリスペクトしている感じがしますね。いろいろと情報共有もさせていただきました。
木糸が日常に溶け込む日を目指して
ー今回の取材でも感じますが、杉山さんはとてもエネルギッシュですよね。その行動力はどこから来ているのでしょうか?
あれこれ考えるよりも、「やってみたい」というのが先に来ちゃうんですよ。あと私はよくしゃべるので(笑)、話しているうちにいろんな人と繋がりができたりして、今がありますね。
よく「壁をどうやって乗り越えるんですか?」と聞かれたりもするんですが、壁の定義って何なんでしょう?という感じで…
難しいことがあっても壁とは思わないんです。目の前にやりたいことがあるんだから、やる手段を考えるだけ。壁と言ってしまうと、やりたいことができなくなってしまうのでは、と思っています。
ーこれからやってみたいことや、目標は何かありますか?
ひとつ、大きな夢があるんですよ。KEETOの糸が、家庭にある裁縫箱に入っているようになることです。
裁縫箱にあるということは、それだけ普及している、日常に溶け込んでいるということ。今は木綿糸やシルク糸が一般的ですが、KEETOがそんな存在になれたらうれしいですね。

手仕事の“オトモ”
体操と上勝町の自然
週に1回、体操に通っています。展示会で一日中立っていても、出張で歩き回っても、腰が痛くなったり疲れたりすることがなくなりました。
背筋が伸びて姿勢が良くなったことで話していることに説得力が出るような気もしています。
あとは、ふと外を見れば上勝町の自然が必ず目に入るので。これはもう、避けようがない癒しですね。
(◇取材・撮影・文:宇野 桜 ◇デザイン・編集:スピパジャーナル編集部)
〈杉山久実さん プロフィール〉

徳島県上勝町在住。2017年に上勝町地域おこし協力隊となり、2018年に(株)いろどり内でローカルファブリックブランド「KINOF」を立ち上げる。2020年には合同会社すぎとやまを設立し、2021年に国産天然繊維ブランド「KEETO」をローンチ。杉の木で作る木糸の可能性を模索しながら、各地での展示会出店やワークショップ開催など、精力的に活動している。
KEETO
・HP
https://sugitoyama.jp/keeto
・インスタグラム
@keeto.jp


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